精神論

神を創造したのは誰か?

マッキー
マッキー
このツイッターについてつながる話をしようと思う。

そもそもなぜ、こういう価値観が生まれてしまうのか。

本当の世の中は弱肉強食の世界

皆さん、動物ドキュメンタリーを見たことはあるだろうか。
ライオンがトップに君臨して、草食動物は逃げ惑うあの光景を。。。

ガゼルが食われる、シマウマがかられる。
誰も疑問に思わない、
昨日まで必死に生きてきたはずの弱者たちが
ある日無慈悲に命を絶えるしかなくなる世界。

我々は思う、【自然の世界は弱肉強食なんだから仕方がないよなぁ】

では人間社会を支配するルールは何であろう。

資本主義社会という名の、弱肉強食

そこはお金の多寡を価値基準とした純然たる弱肉強食の世界が広がる。
お金を持っていれば大抵のものができるし、
お金で買えないものはなかなかに少ない。

そこに横たわるのは、お金の価値で物事を判断する姿勢のみ。

生活コストもずいぶん昔から比べるとグーンと下がり、
死ぬことだけを免れるのであれば簡単に行うことができる現代。

では、ここに至るまで人類はどういう軌跡をたどってきたのだろう。

暴力が支配するマッドマックス的社会

人類は自己増殖の為に戦争に戦争を繰り返し、
ある時点では、他種族と死闘を繰り広げ
ある時点では、ほか人種と死闘を繰り広げ
そしてついに人類は生き物の頂点に君臨するまでに至ったのである。

死闘を繰り広げていた時代に宗教は生まれることになる。

これだけ頑張っているのだからいつか報われるはず

僕の記憶が確かであれば、ユダヤ教は選民思想が強い。
それは日本人では考えることができないほどのひどい仕打ちを歴史的に受け続けてきたからである。
日本人が無宗教でいられるのも、こういった歴史屈辱的背景が薄いのも関係しているかもしれない。

そんな中で、彼らに生きる希望を与え続けたのは、

神がお与えになった試練である。これを乗り越えた先にわれらは救われる

という考え方。どうしてもあらがえない理不尽に耐えるための心の支えだったのである。

それは暴力が支配する時代に、それを一時忘れるための道具のような要素を持っていた。
もちろん人類が架空のものを信じる力を持っていたことは大切なことである。

つまり【頑張るための心の栄養剤】なのである。

そして現れるクレクレ精神論者たち

上記のツイートに見られるクレクレ精神を宿した生き物が日本には多く存在する。
それは僕の周りにもいる貧乏な精神を宿した人たちに多い。

TVで成功した人たちを見ると必ず
「そんなに儲かってるなら、少しくらい分けてくれればいいのに」
こんな世紀末で的外れな言葉を口にする。

僕は実はこういうことを常々口にする母親に育てられてきたのだが何とか抜け出すことが叶った。

では逆に問おう!お前は彼らがつらい時期を過ごしている間に彼らに施したか??

今までの歴史上ではおそらく一番恵まれており、
なおかつ貧乏人スタートでも逆転が可能であると思われる現代において努力をすれば報われると僕は考えている。

母にそういう価値観を植え付けてしまったのは何であろう?

僕はTVが悪いという風に考えている

TVでは連日のように成功している人たちを寄せ集め、
彼らがいかにして成功したのか、どれほど努力してきたのかには
スポットをあてず、今の暮らしの豊かさ、豪遊っぷりだけを過剰に放送する。

ため息が尽きない。

自分の影響できることだけにスポットを当てて頑張る

結局こういうことが一番大事なのではないのかと思う。
どれだけ文句たれても変わらないTVのニュースに目くじらを立てて、
安倍さんやトランプ、北朝鮮に文句を垂れてみたり、
大金持ちに対してヘイトしてみたり、

そんなことではこの世界に何の影響も持てないし、
僕たちだって豊かにはなれない。

今一歩抜け出すために文句たれやめて、
努力をしよう。

あ、ちなみに

です