小話

この世にマストでやる事なんて存在するのか。よくわからない

今回はとても概念的なコラム的な話になります。
筋トレをしていた時に少し友達と議論になりました。

マッキー
マッキー
僕はすでに卒業見越しているから研究手を抜いちゃってるわww
友達A
友達A
おれも抜いてるわ

友達はとても優秀で、僕からするととても手を抜いた研究をやっているとは考えづらいです。

マッキー
マッキー
しかし、やってるやんけ。僕は将来に生きる気がしないから頑張れる気もしない

ブログやってるからね。という言葉が喉元まで出ます。
我慢我慢。

友達は研究室のコネをバリバリ使っての
企業就職でした。
研究内容もがっつり会社で活かせます。
きっとそういう事情もあって研究を頑張っているように僕には見えました。
やる理由というか
やるため動機があるというか
そんな印象を抱きました。

友達A
友達A
そんなにやってる意味はない。モチベーションもない。ただ目の前のことをやっている

そこで、友達と考えることになったのです。
mustでやらなければならないことと、
mustでやらなくていいことの違いはなんだ?

お互いに就活は頑張った

就活はお互いに頑張ったといえそうでした。
それなりに納得する会社に内定を頂けたので、
まぁまぁ成功と言えるでしょう。

そこで友達Aと僕の間では、
就活はmustでやらなければならない事だったのです。
頑張るべきことだったのです。
でも、なぜ?
なぜやるべきことだったのでしょうか?

良く分からないので、さらにさかのぼることになりました。
僕も自分で今書いている意味が分かっておりません。
申し訳ない。

卒論頑張った。
mustだと思ってた。

大学院進学のための勉強、頑張った。
mustだと思ってた。

大学入試もそれなりに頑張りました。
mustだと思ってました。

差が出たのは高校での部活からでした。
友達A「部活は頑張ってない。というかしてない」
僕「部活頑張った。mustだと思ってた。」

明らかに差が出てきました。

友達Aの主張

でも、部活を頑張ったところで何の役にも立たなくないか??
プロになるわけでもないし。
確かに1里あります。

でも僕はあの時プロになるつもりで、
高校に上がりましたし、
実質プロを輩出している地元の高校に行きました。
(僕だけは)プロになる気でした。

プロになれないという友達に対して
僕も意見します。
僕「あの頃はプロになるつもりだったし、
今はプロになれていなくても指定校推薦で大学に行って、
僕たちよりも優良企業で働いている人もいる。
就活で見ても部活を頑張るのは間違っていない。」

友達A
友達A
なるほど

友達Aはがちがちの進学校出身なので部活は
お遊び程度にしか思っていません。
何となく価値観が合いません。
(別に嫌いではない)

でも僕も思うわけです。

僕の主張

僕は友達Aに対して言います。
「結局今やっている研究だって、将来のことを考えたら
お遊び程度ではないだろうか?

あと何か月かやったところで
研究結果で
偉業が達成できないのは
目に見えている。
会社でまったく同じことを頑張るわけでもない。
なぜ今そうまでして、労力を注いでいるのか」と。

確かに

結局横たわるのは価値観に則した行動のみ

僕が今頑張っているのは、
不動産の勉強だったり
自分のブログ更新だったりします。

友達からするとそんなものこそ
僕の勝手な自由であって、
mustのものではないと言われました。

めちゃくちゃに納得です。
でも、僕の目指す将来からするとmustなのです。

結局は自分の価値観に則して動いているだけで
世の中にmustでやらなければならないことなど存在しないのです。

結局、就活だって、
大学だって、
勉強だって、
いろんな価値観に塗り固められているだけで
mustでやらなければならないことなど
存在していないのです。

うまくは言えないんですけど、
あまり世間の価値観や
自分の価値観に押しつぶされずに
やりたいことをやればいいのではないかと思いました。

そして、人の価値観が相容れなくても
その人の否定だけはしないように気を付けたいと思いました。
皆も好きに生きてください。

マッキー
マッキー
今日はめちゃくちゃオナニーな話でした

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