鬼畜中学生がDS欲しさに弟に労働させた話

世の中金じゃあない

大事なものがあるじゃあないか

そんなきれいごとを言うのは、成功してからにしような。

精進の金への執着心

僕の子供のころは大して貧しくは無かった。
(小学校)

ままは教育ママゴン。

パパはただのままのザブトン。

上しか見ない母は父親の収入がご近所より劣っていることに

目くじらを立てる毎日だった。

ママゴンはザブトンと収入についてけんかをする毎日。

マッキー
マッキー
今思い出すと夫婦で協力する姿勢は皆無だったなぁ

ママゴンから僕は
「うちは貧乏」「お金が大事」

と育てられてきた。

マッキー
マッキー
ママありがとう

ノートを取るのが下手なコ

僕は自分の家が貧乏だとかたくなに信じていた。

マッキー
マッキー
どれくらい貧乏なの?

子供ながらに聞けなかった。(たいした貧乏じゃなかった)

僕は

外食は行きたがらないし、

おもちゃもほしがらない。

ゲームはお友達の家で見ているだけ。

そんな残念な少年時代をすごしてきた。

(ノートを買うお金も節約しなきゃ)

僕は授業の板書をノートにびっしりと

隙間無く書くような少年へと成長した。

めちゃくちゃ見づらくて今でもびっくりする。

これは僕なりの家族に対する節約の気遣いだった。

ちなみにノートがなくなると

教科書に書き込むような子になっていった。

商売を考える

中学にあがるとニンテンドーDSがほしくなった。

でも買ってもらえない(教育的な側面が有ったらしい。)

自然とお金に執着するようになった。

教室の頭の悪そうないじめっ子に、

宿題の代行を申し出た。
(そういえばいじめられてました)

漢字練習の請負を始めることに成功した。

1ページ100円くらいだった気がする。

お前は字がきれいで真似するのに大変だから300円

お前はきたねえから80円とかやってた。

母親がそんなに宿題あるの??

しかも漢字だけ??

みたいに不振がっていた。

これは労働集約モデル。

弟をこき使う、DSを手に入れる

やはり労働集約モデルなだけあって

1日に稼げる量に限りがある。

へろへろになった僕は

モデルチェンジした。

そう、数学の宿題代行。

これは簡単。単価は一緒だ。

だけど移させる。

漢字練習と違って量の問題ではない。

解けている事実が問題なのだ。

僕は数学の宿題を移させるだけで、

毎週2000円くらい稼げるようになった。

コンテンツビジネスモデルだろうか??

漢字練習は引き続き弟にやってもらった。
(利益折半で)

ついにゲームを買う

2ヶ月もせずにゲームを買う日が来た。

僕は親に見つからぬよう購入した。

ばれた。没収。

弟を使役した罪にも問われた。

DSはその年のクリスマスプレゼントになりました。

俺の金やんけ。

しかも弟と交代で使えといわれ、トホホな結果に終わる。

テスラ
テスラ
僕の資本主義での戦いは

母親の共産主義での力による幕引きを見るのでした

精進の現在

何か労働以外で資本を集める仕組みが有るだろうか?

結局労働での資本集約に限りがあることを

身をもって覚えた僕は、

商品の生産設備を手に入れることを考えた。
(弟)

金への執着

結局手に入れたいものに届かない事実があると

人間は工夫を凝らすようになる。

今の人たちは上手に飼いならされて
(そこそこの賃金をもらって)

なんとなく満足する事実がある。

今の僕も同じような状態である。

生命の渇望

何かに執着する、
生きることに必死になる。

働くだけではお金が集まらない、

働きたくない、

どうしてもほしいものがある。

そんなときに商品は誕生するのかもしれない。

まとめ

死ぬほどの経験を皆どこかでするべきかもしれない。

マッキー
マッキー
れっつ渇望。