勉強_書籍

日本語が読めると成功しやすい

僕は今日のお昼ご飯に、即席めんを食べた。

説明を読みながら作ったのだが、

日本語を読めるというのは

実はかなり重要なことだ。

守りとしての識字

説明書きが読めないというのは

必ず相手にいいように扱われてしまうリスクがある。

なぜか。この世の中は

契約やお金にかかわるすべてのことは

文書で交わされるからである。

その文書を読めないままだと、

結局読める誰かに情報の処理や

判断の少なからずを任せなければならなくなる。

任せる人間の好きに扱うことができるというのは

それだけで大きな危険をはらむことになる。

教会の宗教壁画

海外のキリスト教会に大きな宗教絵を見たことがあるだろうか?

観光で教会の大きな絵を見たことがある人も多いだろう。

あの絵が何のために描かれたのかというと、

聖職者が識字率が低かった当時の民に

聖書の内容を説明しながら解くためであったという。

聖職者はあの絵を見せながら

絵本の読み聞かせのように

聖書の、キリストの偉業を語って聞かせたのである。

当然、聖書の読めない民衆は話を信じるしかない。

免罪符の横行

そうして、聖職者はいつの間にか

自分たちの地位を高くすることに慣れていった。

難しいものである、地位は慢心を生んだ。

聖書の解釈はいろいろできるはずである。
(憲法に似ている(笑))

ある悪徳聖職者は思いついた。

罪が許される免罪符を売って一儲けしよう、と。

民衆は聖職者を信じ込んでいる。
(しめしめ)

「罪が許されるのなら」

民衆は迷わず免罪符を買った。

プロテスタント

時代は印刷物を生産できるようになる。

自然、書物の流通が起きる。

聖書が手軽に手に取れる時代。

有識者層は民衆に文字の読み方を伝授する。

すると、多くの人が気づき始める。

(免罪符のこと書いて無くね?)

そうして、聖書の解釈に、

聖職者の暴力に耐えかねた層

きちんと聖書を聖書道理に解釈せんとする

派閥が生まれ、

免罪符はすたれていくことになる。

現代に話を戻そう。

日本人に限って言うと国民のほぼ全員が

日本語を読み書きできる。

これはとてつもないパワーになってしかるべきだ。

スマホが使える

今の時代は特殊になっている。

ちょっとでも自分が疑問を持った時には、

片手で調べられる時代だ。

契約書を交わす前に、

お金を支払う前に、

気になる文言については相手に待ってもらって

全部調べられる。

それからでもサインするのはよいではないか。

自分の人生なのだから。

自分だけは真剣に向き合うことにしよう。

攻めとしての識字

文字が読めるということは、

貶められようとするときだけでなく、

自らで這い上がろうともがくときでも

必ず最初の武器を授けてくれる。

僕の一番の情報収集ツールは読書だといっても過言でない。

大学の寮に住んでいるので、

何も置かないはずなのに

今では本で手狭になるくらいである。

それくらいに読書は大事だと言える。

まずは読書しよう

この文明社会において成功を収めるならきっと読書だ。

たくさんの情報商材に騙されたし、

少しのコンサルを無駄にしてきた僕だから言えるのは、

本はコスパが最高だということ。

自分の成功したい分野があれば

10冊は買ってきてぱらぱら読むだけでもいい。

必ず君よりも僕よりもその道で成功している人がいるし、

その人は間違いなく格安でそのノウハウを本に残している。
(これは本の不思議な性質だろう。)

大体の行動すべきことや実行への道順が描けるはずである。

あとは自前の検索スキル、

ネットワーク活用で行動あるのみである。

なにか始めたいと思ったらまずは図書館に赴くのもいい。

まとめ

文字が読めるというのは、

最強の防御であって、

最強の攻撃になります。

成功への扉が開いている状態といってもいい。

やはり日本はいい国であるでしょう。

マッキー
マッキー
レッツ精進