勉強_書籍

萩市の松陰塾。圧倒的行動力の人、吉田松陰。

こんばんは。山口県の萩市に来ております。萩市は長州藩のある場所で明治維新が始まった場所でもあります。

その維新の魁にもなった人物が吉田松陰と言う人物なのです。

松陰神社にお参りに行ってきたので紹介をしたいと思います。

松陰神社は簡単にまとめてしまうと、おしゃれでスタイリッシュな神社。吉田松陰の人生がわかる勉強の場所。となっております。

松陰神社吉田松陰全体に対して知識を得られる場所

神社とは言っても、松陰神社は大きく四つの部分に分かれております。
1.吉田松陰のことがわかる蝋人形館
2.吉田松陰の松陰塾に関する宝物殿
3.吉田松陰の松陰塾を模した中庭
4.吉田松陰を祀った吉田松陰神社本殿となっております。

吉田松陰の人となりその人生を大まかに把握して神社に参ることができます。吉田松陰を知らないまま観光に行った僕でも吉田松陰のことをそのありがたさを学ぶことができたので、事前知識がなくても松陰神社に行くことができます。

僕は宝物殿以外の1.2.4に入ったのでその三つについて記事を書きます。

吉田松陰は勉強と圧倒的行動の人

まずは吉田松陰の言葉わかる蝋人形館です。写真を撮ることを失念しておりましたが蝋人形館は吉田松蔭が生まれてから亡くなるまでを蝋人形で振り返りながら学習ができる施設です。

僕は世界史選択で吉田松陰についてはほとんど知らなかったので大変助かりました。知らない方もいらっしゃるでしょうから簡単に吉田松陰について僕なりにまとめてみます。

江戸時代末期の武士で学問の大変できた吉田松陰は、11歳で先生となりその後も自身の知識を読書によって深めて参ります。

欧米列強に日本が対抗するためには日本自体も強くしなければならない。そのためには海外へ渡って時間知識を仕入れてなくてはならないと考えた松蔭は、当時来航していた黒船に単身乗り込みます。

しかし黒船から捉えられ長州藩へと引き戻されます。当時は海外渡航は犯罪とされていたため松蔭は囚人になってしまいます。

その後安政の大獄により倒幕派の一人として松蔭は処刑されてしまいます。

松蔭はどこでも勉学を務め尊王攘夷、討幕の志を周りの者たちに伝えた。松蔭は幕末の多くの志士たちに多大な影響を与えました。

簡単にまとめると吉田松陰は鬼のように勉強し実際に行動をした人です。

多くの人に自身の考えを伝え多くの人に影響を与えました。

松陰塾を模した中庭

吉田松陰の事を学んだ後はその学舎を見ることができます。そこには松陰塾の簡素な小屋とたくさんの松陰の言葉が飾られております。

一番の目玉は中庭の通路に大量に置いてある吉田松陰の名言です。

やはり大志を抱くだけあってたくさんの名言を残しております。僕が大変気に入った言葉を一つ写真で載せておきます。

道の精なると精ならざると業の成ると成らざるとは志の立つと立たざるにあるのみ

志がないと何もうまくいかないよ。ざっくり表現するとこういうことが書いてあります。

このように吉田松陰の名言がたくさん飾ってあるのでお気に入りの1句を探してみてください。まさに吉田松陰が勉強と行動の人ということが分かるとありがたみが違ってきます。

最後は神社に参る

吉田松陰の人の素晴らしさとありがたいお言葉を頂いた後は最後に神社に参りましょう。とても清らかな心で吉田松陰先生を尊敬しながら参ることができるでしょう。

山口県の萩市のイメージ

まず山口県に来て思ったのがとても土地が広く、お時間贅沢に作られているということです。萩市内ののの観光施設に入っても必ず駐車場はありますし道はゆったりと作られています。

おそらく萩市の有志の方々の努力によってほとんどの明治維新の跡地は勉学の場、観光の場として良心的に運営をされております。

金儲けのための観光施設ではなく、有志の運営がされているので基本的にどの施設もほとんど補修がされておらず古びた雰囲気をまとっております。

そんな中でも松陰神社だけはひときわ綺麗にされており、萩市の一人とか吉田松陰にどれだけ思い入れがあるのか伺い知れる一つの側面となっております。

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